高山右近資料館 ギャラリー・ジュスト

新しい発見かも!

本日は有志の方々と一緒に、金沢城における高山右近の足跡を確認する探訪会を実施いたしました。

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同行者に金沢工業大学で講師をなさっておられる先生もおられ、復元工学のジャンルで金沢城のかつての姿はこうだったかもしれないと言う、先生のお描きになった絵図と一緒にお城を歩いてまいりました。それはそれで、もの凄くディープで贅沢な探訪会となり、要所要所でかつてはこんな感じに建物が建っていたかもとイメージを膨らませるのにとても素晴らしい経験でした。

その後、やはり探訪会の同伴者のお一人のご厚意で、北陸放送敷地内にあるお庭の中の「南坊石」を拝見出来る機会を得ました。館長もこの中に入るのは三十年ぶり。興味津々で南坊石を見ていると、やはりかつて右近の建物の礎石の一部として彼が十文字を刻んだという伝承に基づいた刻みを見て取りました。

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ところが、その脇にまだ石を刻んだ文様があるじゃありませんか!はじめはXに加え、何かの模様かと思っていましたが、どうもそう見えないのです。では、文字かと思っても何か分かりません。右近の時代のアルファベットはラテン語だから、左から右に文字が進むだろうと思って刻まれた文様を見ておりました。

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すると俄に!Xがキリストを表すとするならこの刻みも其れに沿った物ではと思い、しばらく考えてみました。もしかしたらこの刻みはヘブル語の二文字かなと思ったのです。つまり、神を表すヘブル語の「イャッハヴェー」の最初のアルファベットの二文字かもと思えてきました。あくまで、館長の物凄い思い込みかもしれませんが、ヘブル語が右から左に文字を書くと言う習慣を知らないけれど、単語として知っていたとしたらどうでしょう。ヘブル語の「イォッド」と「へット」というアルファベットを左から右に当てはめられると仮定するなら、「キリストは神である」と言う信仰の表明としての意思表示として刻印したのかも知れないと思いました。

そうなると、この南坊石はますます高山右近の関係を雄弁に物語る石なのかと思うと、400年の時間を経て高山右近と出会えた様な気になりました。皆さんは写真をご覧になってどう思われますか?

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